野口 智博 のぐち ともひろ

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ロンドンパラリンピック水泳選手のサポートすることになったきっかけは?

 ロンドンパラリンピックに出場した木村敬一選手(視覚障がいを有する)が、本学(日本大学)の学生であり、水泳サークルに所属していたことがきっかけです。私は2010年まで本学の水泳部に携わっていて、また私自身もプレーヤーとして今でもマスターズの大会に出るのですが、昔からウェイトトレーニングを実践していました。ただし、トレーニング指導者としての資格は持っていませんでしたので、2011年4月にNSCA-CPTを取得しました。
 私がウェイトトレーニングを実践しながらマスターズの大会にも出ているという情報を彼が知ったこと、また、私のゼミの学生がトレーニングに関する研究に携わっていたことなどから興味を持ったのでしょう、トレーニングを自身からやってみたいと言ってきたのです。2011年のシーズンを終えた段階で50m自由形が世界ランク3位でしたので、パラリンピックでメダルを狙える位置にいるということで、本格的なトレーニングを導入してがんばっていこうということになりました。

ロンドンに向けたトレーニングについてお話ください

 木村選手は中国の選手に比べて体格的に細い印象を受けましたので、まずはそこから変えていこうと考えました。特に自由形はより筋力とパワーが必要になります。中国の選手を見比べるとその時点ではかなり厳しいなという印象でした。
 導入時はマシーントレーニングからスタートしました。彼は視覚障がい者ですから、いきなりフリーウェイトを行なうのは安全性の面からも難しく、動きをコントロールできるものから始めました。私自身、常につきっきりで指導することはできませんでしたので、慣れてくるまでは基本的にマシーントレーニングを実践しました。ある程度筋力がついてきたところで、私がサポートできる際にフリーウェイトを導入しました。行なったのはベンチプレス、スクワット、デッドリフトでした。彼がやや腰に不安があったため、デッドリフトについては膝の位置から引き上げるように指示しました。この3つ以外はやはりマシーンを使って行ないました。マシーントレーニングは、ラットプルダウン、ストレートアームプルオーバー、プレスダウン、レッグプレス、レッグカール、レッグエクステンションなどです。

トレーニング時の注意点はありますか?

 マシーントレーニングの際は、力の入れ方もわかりやすいので特にそこまで気にならないのですが、フリーウェイトとなると、重量が増えるにつれて動きに癖が出てきます。ベンチプレスであれば両腕を同じように伸ばすことが求められますが、それが偏ってしまいます。また、胸におろす位置も安定しなくなります。よって、しっかり補助をする必要があります。一度バランスを崩すと視覚的には調整できませんから、修正するのがなかなか難しいのです。この点は健常者の方と異なる部分だと思います。バランスを崩しやすく、また立て直すのが難しい、というのは他のフリーウェイト種目も同様です。
 加えて、生まれてから多少視覚のあった時期を経てなんらかの原因で障がいを有するケースと、先天性の障がいを有するケースでバランスの取り方が異なってくるようです。木村選手は先天的なものであり、なおさらバランスがとりにくいのでしょう。
 トレーニングだけでなく、水泳のパフォーマンスを指導する際も、技術を伝える際に身体を動かしてあげたりと色々試行錯誤を繰り返しましたね。

実践されたトレーニングの成果はパフォーマンスに表れましたか?

 本人は、「スタートが良くなった」と言っています。レースを分析すると、実際にやや速くなっていますが、それ以上にレース序盤の泳ぎが力強くなっており、具体的にはストロークとピッチがいずれも改善されていました。
 スタートももちろん重要なのですが、特に平泳ぎでは、スタートやターン後の潜水でのひとかきひと蹴りの際に、力がついたがためにその加減がうまく調節できず、ほんのちょっと入水が狂ったりすると、身体の進行方向が左右のどちらかに極端に傾いてしまい、ひどい時には隣のコースに入ってしまうこともあります。ですので、スタートについてはよくなった面と逆に難しくなった面がありますが、レース前半のストロークとピッチについては、ストロークを極端に小さくせず、ピッチを上げることができ、泳スピードを高めることができていました。

ロンドンでのサポートについてお話ください。

 私は代表チームのスタッフではなかったので、直接的にサポートはしておりません。ロンドンへは、学生が応援ツアーを組まないのか? と言ったので、では行こうかということになり、有志を募って出向いたという感じですね。
 木村選手自身については、事前にどういう形でコンディショニングできるかの情報があまりなかったので、色々とシミュレーションして必要なことを伝えておきました。彼はそれを元に、また代表チームスタッフの皆様からサポートを受けながら、問題なく良いコンディションにもっていけたようです。滞在中、筋力だけは落とさないように、ということは常に言っていました。

パラリンピックでの結果(50m自由形5位、100m自由形5位、100m平泳ぎ銀メダル、100mバタフライ銅メダル、200m個人メドレー8位)についていかがでしょうか?

 もともとは自由形でのメダルを目指しておりましたので、5位という結果が出た際には気落ちしているかなと思っていました。実際、あとから本人に聞いてもかなり気持ちが切れそうになったと言っていました。しかし、その後の平泳ぎ予選で全体2位という結果となり、ここで持ち直したということでした。バタフライ(銅メダル獲得)については、チームスタッフの方のお話では、かなり泳ぎが良くなっており、その反面、ライバルがそれほど良くなっていなかったのでメダル獲得につながったのではないかということでした。平泳ぎやバタフライは技術指導するのが難しいので、ライバルの代表チームはこの点がうまくいかなかったのかもしれませんね。
 また、この二種目は特に水の抵抗を受けやすいため、これに対応できる筋力やパワーが必要になります。この点はストレングストレーニングが良い影響を及ぼしたのではないかと考えています。

今後の展望と課題についてお話ください

 現時点(インタビュー時)では、まだ木村選手が現役をこのまま続けるかどうかは公式に発表していないので何とも言えませんが、もし続けるということになった場合、引き続きサポートしたいと思っています。今回ロンドンでは、ウェイトトレーニングで得た筋力やパワーをしっかりと競技に落とし込めなかった部分もありますので、この点を改善していければと考えています。レースにおいては後半がピッチに頼ってしまっていてストローク長が短い、という分析もできているので、この点改善できるようにトレーニングプログラムを計画していきたいと思います。
 また、国際大会に出られる選手に触れられる機会は稀有ですので、本学の学生にもたくさんかかわってもらって、勉強してもらえればと思います。そして私自身、トレーニングの知識を広く伝えたいと思っていますので、他の競技でもトレーニングをしたいという学生がいれば、しっかりとサポートしたいと考えています。将来、その学生が指導者になって活躍するということになれば非常に喜ばしいことです。


インタビュー:2012年12月4日