土黒 秀則 ひじくろ ひでのり

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競泳の松田丈志選手をサポートすることになったきっかけは?

 アテネ五輪が終了した2004年、私は国立スポーツ科学センター(JISS)のトレーニング指導員として勤務していました。松田選手はアテネ五輪では満足な結果が出ておらず、その原因が体力面にあるのではないかと考えていたようでした。当時、ちょうど北島康介選手がウェイトトレーニングを積極的に取り入れて結果を出しており、その流れもあって松田選手が自身にも取り入れたいということで私のところに話がきました。これが彼のトレーニングをサポートさせていただくことになったきっかけです。
 2年経ってJISSでの指導員の任期が終了したあとも、非常勤として松田選手のトレーニングに関してパーソナル指導を行っていきました。 結果、2008年の北京五輪では銅メダルを獲得することができました。この結果は私にとってもトレーニング指導における自信につながりました。 この結果によりロンドン五輪に向けて金メダル獲得のために引き続きパーソナル指導を続けました。
 その後、水泳競技が文部科学省のチーム「ニッポン」マルチサポート事業の対象となって競泳選手のサポート全般に関する体制が整ったため、ロンドン五輪直前には外部サポートスタッフとして関わりました。

どのようなサポート(トレーニング)を行なっていましたか?

 水泳はストリームライン(いわゆる身体の軸)が非常に大切なスポーツであると認識しています。よって、例えばスクワットを行なうにしても重量のみを追求するのではなく、腹圧を高めたまま身体がブレることなく続けられるような意識を持ってもらいました。極端な話、「1mmもブレないように」と声がけを行なうくらいでした。競泳は水中でのスポーツですから、陸上で特異性を意識したトレーニング内容を考えるのは難しい部類です。よって、あるトレーニング種目をただやらせるのではなく、どのようにパフォーマンスに生かすか? を考えながら実践することが特に重要だと思います。前述のスクワットも、競泳は裸足で行ないますから同様に靴を脱いで行ないました。パワー系種目としてはスナッチをメニューに入れました。指導のポイントとしては、キャッチ姿勢よりも軸やバランス、フルエクステンション時の身体の伸び(浮く感じ)を強く意識してもらいました。上半身の種目としてはロウイング系、ベンチプレス、懸垂などを行ないました。懸垂については特異性を意識して、重りをかけて反動をつけて行なうようにしました。バタフライの動作に近い形を作れるので、良いトレーニングであると思います。
 松田選手は自身の動作やバランスにとても敏感でした。ですので、さまざまなトレーニングについて、感覚的にそれが活用できるかどうかを細かく判断していたと思います。非常に細かな部分なので、試行錯誤しながら時間をかけて少しずつ良いものを取り出していく必要がありました。結果的に北京五輪では大きな変化を感じることができ、良い結果につながったと思います。

ロンドン五輪直前は間接的なサポートになったとのことですが、ロンドン五輪での様子はどのように感じましたか? また、結果に対しての感想をお願いします。

 まずは結果的にロンドン五輪でも200mバタフライで銅メダルを獲得できたというのは素晴らしいと思います。個人的にはそれ以上に、100mメドレーにおいて、チームとしてのまとまりをとても意識し、リーダーとしての役割を全うしていた様子が印象的でした。非常に責任感の強い選手ですので、それがチームとしてのメダル(銀)につながって、本当に良かったと思います。
 ロンドン五輪での競泳は男女ともに前述の文科省マルチサポート事業に指定されており、トータルなサポート体制がしかれていたのも大きいと思います。松田選手についてはそれまでのプロセスもしっかり生かした形での結果ですから、久世由美子コーチをはじめとして、自分自身を含めスタッフの皆さんの長い道のりが報われたのではないかと思います。

今後の展望と課題についてお話ください。

 長い期間、競泳選手のサポートをさせていただいた中で感じたことをお話させていただきます。まずは、あくまでトレーニングは競泳のパフォーマンスを向上させるための手段であって、目的ではないということ。そこが明確になっていない指導者を見かけることがありました。また、いわゆる適切なトレーニング指導方法を知っていたとしても、選手は個々で感覚や動きの特徴が異なるものですから、画一的な内容ではベストとは言えません。よって、選手に合った内容や感覚に合わせたサポートを構築するにはそれ相応の時間がかかると思います。さらに、コンディショニング専門職に限ったことではなく、その他の専門スタッフによっても微妙に認識や感覚が異なることは十分にありえますので、選手自身の判断能力も養う必要があると思います。何よりオリンピックについては結果を出すことが最も重要なので、選手および関係スタッフ全員がより良い結果を出すために必要なことをしっかり時間をかけて試行錯誤しながら探し、実践していくことが重要だと思います。
 競泳は、地域のスイミングスクールなどがある関係で子どもの頃から実践できるスポーツです。現在、日本水泳連盟からは、競泳選手育成のためのノウハウを収録したDVDもリリースされています。こういった適切な知識が全国の指導者に浸透し、実践されることでより強い選手が生まれていくと感じています。

 私個人としては現在、セパタクローの選手もサポートしています。セパタクロー競技はアジア競技大会が最も大きな大会なのですが、2010年の広州大会では、チーム・ダブル競技でそれぞれ第3位をおさめるなど、目覚しい活躍をしています。日本ではまだメジャーな競技ではありませんが、今後この競技もフォーカスされ、適切なサポートがなされる環境になることを願って指導を続けていきたいと思います。


インタビュー:2013年3月5日